知らないあなた
 


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残暑の余燼もまだまだ居残る、秋の初めのヨコハマの一角。
先進のビジネス街ではないながら、昔ながらの事務所や商店が多々あり、
通りをゆけば商店街もご近所にあるよな、
そんな生活感あふるる土地を間近にした住宅街の一角に、
古びたアパート仕様の寮がある。
かつての裏社会大戦争以降、
魔都という字名を冠されたヨコハマを これ以上の侵食や脅威から守るため。
昼間と夜を見守る軍警とマフィアの狭間、
犯罪組織であるマフィアの執る方針や対処を肯定してはならぬとしつつも
どうしても必要な武力として。
グレーゾーンである“夕刻”を担う武装集団、
武装探偵社という異能集団の社員が寝起きする社員寮で。
公にはまだ認可されてはない“異能”というものを身に宿し、
翻弄されてか、はたまた恣意的に操作してか、
人知を超えた能力繰り出し、騒ぎを起こすことがあるのへ、
警察や軍警では歯が立たぬ場合、
手慣れた身として対処への尽力を求められる存在で。
公には認知されていない現象、
どう収拾されたかは内務省の異能特務課が辻褄合わせに奔走するからいいとして。
人目に晒してはならぬ事象ゆえ、即時収拾が原則であり、
時に手荒に叩き伏せもする必要に迫られるため、
実働班の手駒に異能者が抱えられているのも特徴で。
まま、そういった詳細は今はこのくらいで置くとして。
直近現在の探偵社にて、現場での活躍目覚ましい新人社員、
月下獣という異能を持つ中島敦少年のところへ、
ふらりと姿を現したは、
ポートマフィアの遊撃隊を任されている、
これもまた必殺の黒獣を操る異能者、芥川龍之介。
互いの主義や方針を掲げれば、
相容れるところなぞない反目し合う間柄ではあるものの、
外つ国からヨコハマを狙う大いなる脅威への対処として
何度か共闘してきたその名残りとか、
しがらみや何やの錯綜も相俟って、
上級社員同士が微妙に親交を深めてもおり。
ことに、実力と互いへの理解を買われて組まされた
“双黒”と称される二人組が、昔も今も危機的状況を見事に打破したものだから。
そんな彼らが共闘時以外でもこそり親しく通じていること、
停戦中だという建前の下、微妙なそれながら黙認されている状況で。

 「…相変わらず長い前置きだよな。」

ウチの他のお話を読んでない人もいるかもしれませんから。
中也さんが敦くんの住まいを、不意打ちで、しかも親しげに急襲しちゃうの何故?とか
そういう混乱招きかねませんし
っていう メタな会話はこのくらいにして。

 「芥川だよな、向こうの。」

中也さんより先んじて、帰宅時を狙ったように虎の少年の寮室を訪のうたのが、
ポートマフィアの黒い羅刹、芥川ではあったのだが。
敦への挨拶代わりに“羅生門”を飛ばしてきたほどに “芥川”で間違いないものの、
本来は男性のはずが可憐な少女と化しており。
彼らには直近でそういう異能があるという覚えもあった
“女体化”を仕掛けられたのかと問うたところ、

 『やつがれとしては、
  貴様が男なのが確認になったと同時、
  失望したやら困惑したやらという順番なのだが?』

そうときっぱり応じられ、しかもそんな状況に敦の側でも覚えがあったからややこしい。

 「つか、若しかして“そう”なのか?って確かめるために
  敦んとこへ来たっていうのが冴えてるよなぁ。」

 「…そうですよね。」

感心している中也もまた事情に通じている一人であり。
というのが、
この“芥川”はそもそもからして女性であり、それどころか敦や中也も女性という世界に居た存在。
自分たちがいる次元の横だか裏だかに並行して存在するらしい “並行時空” にて、
自分たちにも奇異だったように彼女らもそんな現実があろうと知らぬまま
生まれて生きて、たまに死ぬような目に遭いつつも頑張って戦いつつ暮らしていたものが、

  まずは交わらぬはずの2つの世界を
  飛び越えられる異能者が現れたものだからややこしい

正確には、自身以外を飛ばすことができる異能であり、( ようこそ、お隣のお嬢さん 参照)
そんな異能を持つこと知らないまま、
物を出したりそれが消えたりという不思議な騒動を引き起こしていた当人は、
逃亡したいがための念を込めたその弾み、追手だった敦と芥川を他所へと飛ばしてしまい。
それと入れ替わるよに現れたのが“女性”の二人だった現象に、
名探偵があっさりと答えを導きだして。
男女逆転している異次元世界へ
同じ立場だったそれぞれを入れ替えるという奇天烈現象が起きてしまった驚きの事実と
不本意ながら付き合わされた彼らだったのであり。

 ちなみに、

そのような傍迷惑にもおっかない異能を持つポンツクは、
特殊異能への対処にも長けた駒揃いの 異能特務課の監視下へ収容され、
尋常ではない現象を起こす危険性から異能無効化状態に置かれていたものの。
だというにその後もはた迷惑な脱走を企て、
再びの跳躍がらみな失踪騒ぎを起こしてくれたのだが。( さても お立ち合い 参照)

 『其奴が脱走したという知らせは入ってねぇなぁ。』

自身のスマホを操作し、要警戒の通知をざっと浚ったらしい中也が、
そんな連絡は入ってないことを確認してくれて。
例の騒動にポートマフィアの関係者も巻き込まれた関係上、
…というより、的確な対処が取れようからという見做しだろうか、
先の脱走の折も通知があったらしく。
それで女性構成員が一人ほど 飛ばされる事態に遭っていたのだが、それはともかく。

 「事情が通じよう相手ですゆえ。」

理不尽なアクシデントに見舞われたことへ、
こんな複雑怪奇な事情が、だというに説明なしに判ってもらえよう、
現にそうだったほどピンと来てくれる、
敦のところへ まずはやって来た芥川嬢だったらしく。
大変な事態ではあるが、判ってくれる人がいるのは心強いものか、
そういえば敦へと声を掛けた折からも、不機嫌でこそあれ不安がってはおらず、
今も嫋やかな背をしゃんと伸ばしての泰然としていて頼もしい限り。
こちらの彼女もやや古風な口利きをするのへ、
黒外套だけじゃあなく そこまでお揃いかとの苦笑をこぼしつつ、
その判断はえらいものだと、
中也がまずは称賛し、敦もそれへは頷いた。
立ち話も何だし内容が内容なだけにと
敦が寝起きする部屋へとりあえず上がらせてもらい、
小さな卓袱台を囲む格好となった、
異世界からのお客人である黒獣の姫と、
そんな彼女だという事情、あっさり受け入れられた敦、中也という3人。
状況が何とか均されてのさて、

 「…でも何で、太宰のところへ向かわねぇんだ?」

上着の懐を探りかけ、だが、
同坐している顔ぶれを思い出したか、そのままポンポンと叩いただけで終わらせたのは、
ついの習慣で、たばこのパッケージを取り出そうとしかかった中也だったのだろう。
皆へと茶を淹れた腰が定まらぬうちながら、灰皿ありますよと腰を上げかかった敦だが、
いいよ構うなと手振り付きでかぶりを振る。
同坐していたのが 未成年の敦と、
気管の弱かろう、しかも女性の芥川だと思い出したからに他ならず。
そうと気を遣えるような中也が、
だのに約束のなかったらしいこんな間合いへやって来たのは、

 『手掛けていた件が思いのほか早く片付いて身が空いたんでな。』

そこで、敦とちょっとほど会えないでいたなぁとふと思い出し、
驚かせてやろうという遊び心から、前知らせなくやって来たらしかったが、

 「俺らがそういうことをやらかすのと同じってのは、
  さすがにまだ憚られる間柄なのかも知れねぇが。」

まだ少しほど堅苦しい、師弟関係だか主従意識だかを
こっちの禍狗さんの側が抱えているらしいのは判らぬでもない。
そこのところは異世界の彼らにも同じなようだという空気、
自分だけが飛ばされた機会のあった中也としては、把握もしていたらしくって。

 「けどよ。」

畳敷きの部屋には馴染みはあっても慣れないか、
脚を崩すと片膝立てて、その膝を抱えるような格好になり、
身を前へと倒すよにして声ひそめ、
中也が黒獣の姫へと囁いたのが、

 「今更、ドジ踏みましたと報告するのは死んでも嫌とかいう
  水臭い間柄でもあるまいよ。」

忌々しい話だが、敦がピンと来たように あいつにだって話は通じようし、

「今のところは あのはた迷惑男の異能かどうかも定まってはない。
 脱走したって知らせはねぇんだからな。
 もしかしてあいつの無効化、効くかもしれねぇってのによ。」

むしろ放っておいても、あいつのことだから
手前に、いやさ芥川に連絡つかねぇと気づいたら、草の根分けても探し始めるぞ?

 「向こうの手前が此処にいるってことは、
  こっちの芥川が向こうへ飛ばされてるってことだろうからな。」

 「あ、そうですよね。」

必ずしもそうとは限らぬという可能性は、だが、
先だっての騒動で飛ばされた中也自身が
その身をもって かなりがところ確率を下げており。
ともなれば、中也が言うように、
芥川が 当人の意思ではないながら不在だという事実へ、
今やずんと猫っ可愛がり状態のあの太宰が腰を落ち着けてなんていないかもしれぬ。
表面上は平静を保ちつつ、あらゆる伝手を使って探すのは間違いないし、

 「同じ異能かどうかも不明なんだろう?
  だったらまずは異能無効化を頼るべきなんじゃあないのか?」

すらすらと紡がれた理屈へ、

 「…う。」

そのくらいは判っていただろに、見ない振りでもしていたものか、
意表を突かれたというよりも、
予想はあったが黙ってたところを衝かれたという顔になった黒獣のお嬢さん。
しかも、

「じかに会って、こっちの世界の芥川じゃあないことへ失望されるからとかいう、
 余計な気遣いからって話じゃあねぇよな。」

「…何故にそこまで判るのですか。」

いつの間にか、中也の眼差しが鋭く尖ったそれへと変わっており、
受けて立つ側の芥川は芥川で、何か疚しい心持ちでもあるものか、
先程までの凛としていた態度が、
やや気圧されているような気配の滲むそれへと陰りつつあり。
真っ直ぐに部下の成り代わりである少女を見やりつつも、

 「流石は相棒さんだなぁ、とか思ってるんじゃねぇぞ敦。」
 「はぁい…。」

傍らの愛し子へ“勘違いすんなよ?”と釘を刺す辺り、
よっぽどあの包帯男さんが嫌いなものか、事情が酌めるのさえ癪なのか。(笑)

 「さっきも言ったがな、何度か接している向こうの世界とやら、
  微妙に同じことが並行して起きている世界でもあるんだぜ?」

俺らも手前も似たような経緯で奇禍や苦難に見舞われ、
似たような流れで知り合い合ってて。
だから互いの間柄も同んなじなんだし、
片やが飛ばされりゃあ同じ立場の存在が相手の居場所へ飛ばされるって按配で。

 「今、自分がいるのは別な世界だと気が付いたのは何時なんだ?芥川。」
 「……。」
 「もしかして、あの青鯖と一緒に居た時なんじゃあないのか?」
 「……っ。」

ハッとした芥川嬢だったことに気づきつつ、
敦はそれより中也の言いようへこそ 意外だと驚いて顔を上げている。

 「え?」

それってどういうことなのかと、
交互に見やったのが芥川と中也双方の顔で。
他でもない自身のそんな反応こそが、
まだちょっと太宰への理解が足りない自分と彼らとの差なのだと感じ入る。

「一緒にいたのがあいつだったことへ、
 そこから手前なりに何かを察して、
 ついのこととて逃げ出して来たのじゃあないのか。」

「それは…っ。」

ほらほら可愛いでしょう?と、
おめかしした姿の隠し撮り、こそりと敦に見せてくれるよな。
何より誰より大切にしているこの少女、こっちではあの青年を、
あの太宰が何かしらの企みに翻弄するなんて、敦には到底思いもつかぬが。
そんな想いを浴びている張本人、
自分からもあの人をずっとずっと追い続けていたというこの芥川が、
そうなのだという察しに突き動かされて
とりあえず逃げて来たのではないかと問うている中也であり。
しかもしかも、そうと問われている芥川嬢、
言葉に詰まり、膝に置いた手を節が白くなるほど握り込む。
そんなこと有り得ないときっぱり断言できないでいるのは、
一体どういう胸中なのか、少なからず動揺してはいるってことではなかろうか。

 “冷徹な太宰さん、か。”

自分はどちらかといや飄々とした太宰しか知らなかった。
浮世離れした言動でつかみどころがなく、
でも、いざというときは桁外れな知識や行動力を発揮し、恐ろしいほど頼りになる人。
謎が多い人のその謎が、実はポートマフィアの幹部だったというところに起因すると判明し、
それは冷酷でマフィアになるべくしてなったとまで言われていたにもかかわらず、
例えば乱歩が合理的ではないと見切るようなことへでも、
彼なりの粘りを見せて食い下がり、ずんと情のこもった対処を取るのを知っている。
災害指定害獣なんていう物騒な肩書の下、
異能が公式でない以上“化け物”扱いされて“殺処分”されてもしようがない身だった
そんな敦を探偵社に置くよう取り計らってくれた。
マフィアに目をつけられた敦を助けんとし、
一体どこの誰が懸賞金など掛けたのかを探ってくれたし。
敦よりずんと強い鏡花を、
なのに“守ってあげて”なんて言い含めての不自然極まりない同居へ持ってったのも、
もしかしてマフィアとして潔い身の処し方を知る彼女に
そんな決意を発動させぬよう、引き止める重しにちょうどいいと
傍に置いてみたのかも

 “……というのは考えすぎかなぁ?”

ちょっと日頃思ってたことまでも、
ついつい思い起こしてしまった虎の子くんだったりもするのだが。







  to be continued.(18.09.04.〜)


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 *さて、ようやく話の土台も均されて、
  展開としては本筋というか核心へと入って来ましたよ。
  何て長い段取りなのでしょうね。
  敦くんもぎょっとしておりますが、
  あの極楽とんぼの、でもでも実は底知れない御仁が、
  もしかして“黒幕”かも知れないですって?という運び。
  ここでぶった切るのは非常に心苦しいのですが…。